ラベル 歴史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 歴史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年5月13日水曜日

緑まばゆい稚児の口公園







風薫る、新緑の季節です。
ホテルより、徒歩5分ほどのところに、近自然公園の稚児の口公園があります。
昔は遊具があり、子供の遊び場でした。
20年近く前だったか、近自然公園に生まれ変わりました。
もともと緑が多く、神社や古墳があります。
子供のころはよく遊びましたし、池でザリガニを釣っていました。




昔はグランドのあった場所ですが、小川を作り、遊歩道が整備されました。




この小川で、ホタルの幼虫を育ています。
7月には観賞会を行っています。


このあたりに昔、遊具があり、子供たちのオアシスでした。

ボランティアでお掃除をしてくださっています。
ありがたいですね(#^.^#)

児口神社があります。

境内には、古事記に登場する落別王の碑があります。
宮内庁から正式に認証されたものではなく、伝承的なものらしいです。
碑には、『衣之君落別王命陵碑』とあり、この場所に前方後円墳があるそうです。
衣とは、豊田市の旧名で、挙母(ころも)のことです。

緑多く、マイナスイオンを浴びつつ、古事記に触れつつ、ちょっぴり神秘的です。
パワースポットにも感じます。




2014年3月19日水曜日

豊田市内の城下町

ある暖かな日曜日、中心地から南へ3㎞先に用事があり、帰りは美容と健康のために、ウォーキングで戻ることにしました。
まっすぐ帰るのはつまらないと思い、ちょっと寄り道を、、、
名鉄上挙母(うわごろも)から、金谷町、樹木町を通り、我が家へ行くことにしました。



金谷庚申というお寺です。
金谷町にあるので、そのように呼ぶのでしょうね。
庚申信仰があるようです。
名前から、十干十二支の組み合わせで、その年やその日は金気が天地に充満して、人の心が冷酷になりやすいとされたらしいです。(ウィキペディアより)
たまたま、自動車のお祓いが終わり、お見送りされたところで、ご住職がお声をかけられたので、ちょっと立ち話をしました。
小学校の時、お習字で「庚申さま」と書き、貼りだされた記憶がある、とお伝えしましたら、喜んでいらっしゃいました。

この単線は、地元私鉄、名鉄三河線です。
先へ進むと、中心地の豊田市駅へ到着します。
平成の大合併で42万人都市になりましたが、未だ単線です。
複線化の話もあったようですが、鉄道網の発達で地元の自動車産業を刺激してはならないと、産業界との話し合いで単線のまま、という都市伝説チックなお話があります。
 

三河線を渡り、ちょっとした公園に二宮金次郎の像があります。
昭和の時代、大方の小学校にはありました。
よく学び、よく働く象徴として、見習うようにと教えられました。
本を読みながら歩くと電信柱にぶつかると言われていましたが、今は電信柱も地中化され、本の代わりにスマホになった気がします(笑)
 

合計3年ほど、東京都や旧愛知県祖父江町で暮らした以外は、豊田市で生まれ育ちましたが、金谷城があったことを知りませんでした。
大昔に聞いたことはあったかな~


ここに、藩校、崇化館(そうかかん)があったようです。
実は、私の出身中学は、豊田市立崇書化館中学校です。
学校の場所は、跡地から北へ約3km行ったことろに現在もあります。
藩校の流れを組むと学校で習ったことはあります。
由緒ある名前の学校でしたが、怠け者で、部活(器械体操部)だけをやりに通学していました(笑)

 
ふと見上げれば、城下町と書かれた風情ある街路灯がありました。
たまにはのんびり、名所旧跡巡りもいいですね (*^-^*)
三味と踊りはできませんが、下町育ちの私には、城下町は憧れですね。


2013年7月17日水曜日

世界遺産・国宝 姫路城 天空の白鷺

過日、神戸に出張の翌日、さらに西の姫路市まで足を延ばし、世界遺産で広報の姫路城に行ってきました。
天守保存修復工事中だと知っていたので、雄大な姿が見られず、残念なことですが、近くまで行くので折角だから行こうと決めました。
出張の最中、仲間に姫路城に行くんだと話したら、
ある仲間が、
「今行ってもつまらないんじゃないの」と。
うんうん、なんて話していたら、
別の仲間が、
「今しか見られないものもありますよね」
ということでした。
下調べもせず行こうと決めていたので、何のことだろう、とわくわくしました。

お城に入る前のお堀、雰囲気出てきました。

わくわくしますね。

姫路城はJR姫路駅から北へまっすぐ延びた道のつきあたりにあります。

大天守というのだそうですが、修理のために囲われています。
別名、白鷺城と呼ばれる白壁の華麗な姿は見られません。


大きなお城ですね。

大天守閣のシャチです。
それぞれの時代ごとに展示してありました。

敷地も広いです。

甲冑の展示も。
我が家の表家紋(女紋)と同じです。
何か関係が、、、そんなことはないですね。

展示室から出ると、資材を運ぶ通路があります。
普段はこれはありません。
修復工事中のみです。

大天守の建物は、平成の大修理の見学施設「天空の白鷺」です。
中に入り、エレベーターで昇ります。
休日になると見学は予約だそうです。

エレベーターで昇る途中、石垣を見ることができます。
なるほど、仲間が言ってたのは、このことですね。
つまり、普段は遠くからお城を眺めるか、お城の中に入り見学するのですが、修復工事中は、お城を外側から眺められるのです。




一番上までやってきました。
大天守の屋根をガラス越しではあるけれど、目の当たりで観られるのです。
「天空の白鷺」から南側、JR姫路駅を臨みます。

普段は大天守の中を見学できるのですが、保存修復中は入れません。



今まで行ったことのあるお城、岡崎城(愛知県)、犬山城(愛知県)、岐阜城(岐阜県)、彦根城(滋賀県)。松本城(長野県)、松江城(島根県)、松山城(愛媛県)くらいですが、敷地が広い、スケールが大きな姫路城でした。

「天空の白鷺」は来年1月15日まで見学でき、それ以降は約1年かけてゆっくり解体するのだそうです。
日本の文化を大切に大切にしていることがよくわかります。